大阪地方裁判所 昭和35年(わ)1475号 判決 1960年7月27日
被告人 田中祥二
昭九・一・三一生 無職
主文
本件公訴はこれを棄却する。
理由
本件公訴事実は被告人は昭和三五年五月五日午後零時頃大阪市東淀川区西中島町一丁目二六五番地先路上において嬉戯中のA(当一〇年)を見て劣情を起し同女が満一三年未満であることを知りながら抱きつき同女のズロースを下ろして其の陰部を弄び以て猥せつの行為をしたもので、右は刑法第一七六条の罪に該当するというのであるが、本件公訴は次に述べるように適法なる告訴がないので、公訴提起の手続がその規定に違反し無効である。刑法第一八〇条第一項によれば同法第一七六条の罪は親告罪にして、刑事訴訟法第二三〇条第二三一条によれば告訴権者は被害者及びその法定代理人に限定せられている。そうして、告訴とは告訴権者が捜査機関に対して犯罪事実を申告しその訴追を求める意思表示であり、その方式は刑事訴訟法第二四一条により書面又は口頭で検察官又は司法警察員に対しこれをしなければならないのである。そこで本件につきこれをみるに、被害者Aの司法巡査に対する本件被害事実を述べた昭和三五年五月五日付供述調書があるけれども、これは司法警察員に対するものではないから適法なる告訴とはなし得ず、又Bの本件被害事実の申告及び被告人の処罰を求める旨の司法警察員に対する同年五月五日付告訴調書があるが、同告訴調書、証人Cの証人尋問調書及びCの戸籍謄本によれば、Bは被害者Aの継母であつてその親権者でないことが明らかで、本件につき告訴権を有しないものであるから、右Bの前記意思表示も適法なる告訴ということはできない。そこで進んで前記戸籍謄本により明らかである右Aの親権者である実父Cより適法なる口頭の告訴があつたか否かにつき検討する。Cの証人尋問調書及び証人浅岡学の当公廷における供述を綜合すると、本件犯行の翌日である同年五月六日に右Cはその前日妻Bが告訴をしたが、実親子の関係でないと告訴が適法でないと聞いていたのでそのことを確めるのと、被告人の氏名住所を聞くため十三警察署を訪れ司法警察員たる前記浅岡に会い被告人の氏名、住所を聞き、告訴にについては妻Bの入籍の有無を聞かれ、入籍している旨を答えたところ、告訴が適法であるといわれたので、前記Bの告訴を適法なものとして、被告人の知能が極めて低いと聞いているが無罪になつて野放しにされてはまたどんな事をするかも知れないから処分して貰いたい旨をいつたが、右C、浅岡の両名共本件犯罪につき具体的な事実を何等明示しなかつたことが認められるから、右は新たな告訴としての要件を備えているものとは認めることができない。次に証人Cの証人尋問調書及び証人石橋実の当公廷における供述を綜合すると、右Cは被告人の母親が検察官より告訴取下書に被害者方の印をもらつてこいといわれたといつて右C方に来たので検察官の考え方を聞くのと、被告人を強制入院さす等の行政的措置につき検察官に相談するため、同月一二日大阪地方検察庁に右石橋検事を訪ね前記の如き行政的措置等につき相談したところ、それは職務権限外の問題であるといわれ、かえつて告訴の取下げをすすめられたりしたので、それなら仕方がない処罰してくれといつたが、右Cとしては処罰を求める意思は十の内一つぐらいあつたかも知れないという程度であつたこと及びその際石橋検事より司法警察職員作成の本件送致書の犯罪事実を読聞けされていたとしても、右Cより同検事に対して本件犯罪につき具体的事実を何等明示しなかつたことが認められるので、右は未だ前記Cの真意に基く新たな告訴があつたものとは直ちに認め難い。そうして、以上説示したものの他に、本件公訴事実については、本件公訴提起前において適法な告訴があつたものと認めるに足る明確なる証拠はない。従つて本件公訴は、適法なる告訴がなく、公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるから、刑事訴訟法第三三八条第四号に則り、棄却することとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 秋山正雄)